『書写・書道教育言いたい放題 2005 』

−折りにふれて−



【その9】最近読んだ本 -推理小説にハマってしまった- \(^^:;) 
【その8】緊張感 2005.11.
【その7】ホンモノ 2005.10.
【その6】昔の本
【その5】西行と定家の字は似ている?(続 2005.10.)
【その4】『関戸本古今集』は美的ランクは低い?
【その3】現代の書道教育−某大学での講義にて その2−
【その2】現代の書道教育−某大学での講義にて その1−
【その1】最近読んだ本より 
.......

【その9】-推理小説にハマってしまった- 2005.11.23



「奈良いにしえ殺人事件」
「百万塔伝説殺人事件」
「西行伝説殺人事件」

この切羽詰まった時に、大事な時間を…\(^^:;)  

 

 「奈良いにしえ殺人事件」は佐竹本三十六歌仙絵巻を題材にしたもの。 佐竹本三十六歌仙絵巻切断の状況を織り込みながら、この巻物は二組存在したという設定で、それをめぐる推理もの。佐竹本は二巻で1セットなのだけど、多くの人が、絵巻切断以前の姿をよく知らないという盲点をついている。
江戸時代の記録などをうまく利用して、尤もらしくしてあり、笑える。トリックはいまいち。
 「百万塔伝説殺人事件」は明治の財閥“原三渓”をもじって“山野淡渓”。原三渓であることが見え見えで可笑しい。こちらのほうがトリックとしては上。しかし、この作者は財閥の存在には否定的。
 「西行伝説殺人事件」は西行があちこちと居場所を変えたこと、頼朝や清盛との交流の事実を巧みに使い、それを、西行が義経を逃がすための情報収集のためとし、さらに、莫大な砂金を軍資金にして、隠した奧州藤原一族に一旗揚げさせようとしたが、秀衡は年をとりすぎ、その子どもたちは兄弟争いで手がいっぱいで、戦力にならず、西行の目論見は失敗に終わり、砂金は埋藏されたというシチュエーション。西行のなぞめいた行動をめいっぱい織り込んだ上で、砂金をめぐっての殺人事件に仕立てたもので、西行に関心のある人にとっては面白いけど、一般的にはどうでしょう。

私にとっては、どれも、関心のある題材であったため、「ナルホド〜。こう使うか。」「それって、ありなのォ…?」「よくまあ、まことしやかに書くよね。」など独りごちながら結局一気に読んでしまった。
うふっ。

【その8】緊張感 2005.11.23



 最近ようやく「書作品の良否の基準は緊張感である」と思えるようになった。古筆の線の緊張感は凄まじい。最近は図版を見ても、ゾクゾクすることがある。

なんでこれが理解できなかったのか。この年になって、目からウ・ロ・コ  

 


書道展に出品していた頃は「審査基準がというものが理解できず、師匠を困らせた。 大学時代に学んだ“書”の概念と、書壇における“書”に対する価値基準のギャップを承服できなかったのである。
審査員の作風に迎合するかのような傾向と対策… これを入学試験と同じと、割り切れなかった。
「書きたいものを書いて出してどこが悪い。」と、無駄な抵抗をしていた。今は、抵抗する気力すらない。q(^ ^)p

私の師匠は古筆! あの緊張感のかけらでも私の書に表れれば…

【その7】ホンモノ 2005.10.
 かなの古筆の講義をする上で、画像資料は必需品である。近頃はよい印刷のものが安く手に入るので助かる。
平安時代の美しい料紙で作成された歌集や経典に学生達は目を見張る。 できるだけもとの料紙や表具、装丁がイメージできるような本を提示してやりたいのであるが 良い物は値が張る。(なにせビンボー教師であるから買えない。) 図書館にもあまり置いてないし、あっても貸し出し禁止の物が多い。
しかし、良い物は欲しい。 小金を貯めて、(手に入る範囲のものではあるが)購入するようにしている。
それを、もっとビンボーな学生達のために、披露する。
(学生は「まあ、自慢げに・・・」「この程度のものを勿体ぶって」と言わないからよい。)

【その6】昔の本  昔の本を読むのが楽しいと思うようになった。研究のために必要に迫られて多くの文獻を読む。読むと言っても目を通す程度である。明治以降次々と新出の古筆も発見されて既存のツレが集まり研究が活性化した。未詳歌集切であったものが歌集名や詠者が明らかになる。伝存状況が明らかになるなど、資料の信憑性からすると新しい研究書の方がよい。しかし、古筆の研究の草分け時代の書物には現代に無い苦労がしのばれる。データ量の絶対数が乏しい。印刷が悪い、関連情報の検索が困難・・・そのような状況のなかで古筆を愛玩趣味の域から研究対象とした先達の熱意と苦労が当時の本からは伝わってくる。読書の楽しみは研究とは別のものである。

【その5】西行と定家の字は似ている?


 西行ってあの『一条摂政集』や『中務集』の筆者といわれてる人でしょ?
 で、定家といえばあの独特の上手いのか下手なのかわからない字で『源氏物語』やら『土佐日記』を書写した人・・・
どこが似てるんですか〜?  

 定家と西行の似た字を紹介しましょう。

画像の準備がまだ出来ていません。少々お待ち下さい。
【その4】『関戸本古今集』の美的ランクは低い?  ある講演での某先生のご発言です。「私はね、はっきり申し上げて『関戸本古今集』は一流ではないと思いますんです。そりゃあ、あなた『高野切』には敵いませんです。古筆切を持っておられる方にはわたくしは「大変お見事な筆跡ですね。」と申し上げますよ。でもね、ここだけの話、(皆さん、ないしょですよ)『関戸本古今集』は美しくありません。」
この発言に会場は大笑い。先生の話し方に笑った人、内容に笑った人さまざまですが・・・・

私は、笑うどころか背筋が寒くなった。

たしかに、『関戸本古今集』にはとても美しいところとそうでないところがある。臨書のテキストとして提供されたものは、よい部分だけ抄出されているのである。(少々乱れた部分にもそれなりの面白さ、味わいがあり、それが現代の仮名の創作の糧となることもあるが)やはり完成度の高さからいうと『高野切』に勝るものはないと私も思います。飄々とお話になったこの先生は、90歳を越えておられる大学者。ご自身の古筆のコレクションも半端ではない。たくさんの古筆を見られた上での発言なのです。

【その3】現代書道気質
2003年度後期 仮名の臨書第1回目における出来事


私「『高野切』って知ってる?」
約半数の学生「はい、高校のときに習いました。」
私「何の歌が書いてあるの?」
学生「????・・・」

私「『高野切』には三種類あるのは知っている?」
某学生「第一種、二種、三種とあります。」
私「何が違うの?」
学生「書いた人です。」

私「三種あるから3人かな?ホント?4人とか5人ではない?」
学生たちは突飛な質問に戸惑い気味。

私「テレビでナントカ鑑定団という番組があるけれど、みなさんも古筆鑑定をして見ましょう。これから配る古筆はこの3種のうちのどれであるかを鑑定してください。」
学生「わから〜ん????」

私「そうでしょ。こんなに小さく切り刻んだら鑑定は大変ですよね。鑑定者の苦労がわかります?ではこのくらいの分量があればどうでしょうか。」
学生「これならわかるかも・・・」(正解率はまずまずでした)

高校の先生は『高野切』について何を教えたんだろう・・・
【その2】現代書道気質
−某大学での講義にて その1−
2003年度第1回目の講義での出来事


私「次の古筆には何が書写されていますか?」
学生「????」

私「『高野切』って知ってる?」
学生「はい」
私「何の歌が書いてあるの?」
学生「????・・・」

私「じゃあ、『関戸本和漢朗詠集』は知ってる?」
学生「はい」
私「何が書いてあるの?」
学生「????・・・・」

私「『関戸本古今集』は知ってる?」
学生「はい」
私「何の歌が書いてあるの?」
学生「????・・・」

私(幾分切れ気味)「『関戸本古今集』って古今集を書写したものじゃないの? 万葉集でも書いてあると思ったの?」
学生「あっ、そうか!」

私「では、関戸本和漢朗詠集は?」
学生「和漢朗詠集です。」

笑い話ではありません。実話です。
初めての講義で緊張していたせいもあったかもしれませんが、概して古筆を臨書する者はその古筆の背景にはあまり関心を持ちません。ですから、急に質問されると、面食らってしまうのです。(あとから落ち着いて考えれば、な〜んだ、ということになるのですが…)
我々書表現に関わる者は、古筆はもっぱら仮名の書写技能の向上のために手本として用います。各古筆の線質の美しさ、一つ一つの字形や連綿の美しさ、あるいは空間の響き、余白の美・・・などについては鑑識眼も高くなっています。
けれども、それらが本来は何の為に作られたのか、元の形態はどのようなものであったのか、誰が所持していたのかということには意外と関心も少なく知識も乏しい傾向にあります。

仮名は日本独自のものであり、古筆として現代に伝存しているものには料紙を含め、美的な価値高いものが多く、日本の文化を紹介するのには絶好の材料です。古筆の背景を知っておくと仮名の面白さを多くの人に伝えることが出来ます。


【その1】 最近読んだ本より 2004.2.8

 『文芸春秋二月号』 「文字を奪われた日本人」(白川 静)

白川氏は現在93歳である。 若者にとっては、これらの論は一見、古い考えと受けとめるかもしれない。 若者ではなくとも、教育に携わるそこそこの年齡(私には何歳くらいと限定ができない。 安易な教育者であれば、40歳だろうが定年前であろうがそう考える人はいるであろうから。)
実際問題、漢字教育は低下しており、現状では学校で習う漢字外のものを教えるのは難しいであろう。しかし、 以下のような現実はいかがなものであろう。私は習字塾をしているのであるが、そこで、こんな情況にしばしば出会う。
習字塾でまだ学校で習ってない漢字を課題にしようとすると、子ども達は 鬼の首でもとったかのように「まだ学校で習っていないから。」といって、書くことを拒否する。 引用した文の原文が平仮名になっているのだということの説明は聞こうとかない。

しかし、学ぶ側は、(現段階で、おのれがどのようなレベルであろうとも)白川氏が文中で述べておられるような、 「・・・自らがそうした探求心を持ち続けることでしょう。それが教わる側にとっては最上の刺激となるはずです。 そして、生徒の疑問に対して、教師が逃げるような真似をしてはいけない。いやしくも自分の専門に関する質問なら、それが 教科書に載っていようがいまいが、教師自身が走り回って調べて、自分でも十分に納得した上で教え・・・」そんな教師をもとめている。 まだ子どもだから、この子のレベル程度なら・・・という心根は、学ぶ側はどんな年齢であっても見抜くのだ。 その恐ろしさは、幼児から大学生まで指導し自らも学生をしている私は身をもって言うことができる。
「文字を奪われた日本人」(白川 静)より抄出

ところが今の学校では、大人になるための教育がなされておらない。 かつて漢文、古典が果たしてきたような、直接、人格形成に役立つような教科はなくなってしまっている。 これこそ、戦後教育の欠陥を象徴的にあらわすものだと私は思います。 大人の世界を教えるどころか逆に子どもにこびてきた。 最近、社会人になることを拒否しているような犯罪が新聞などをにぎわしていますね。 子どもから脱皮できずに、大人になりそこねているのです。 蝉が地上に出てきて、殼を脱げずにいたら飛び立つことはできん。
−中略−
こうした素読、暗誦は、 戦後教育では、詰め込み教育とレッテルが貼られて軽視されてきました。しかし、暗誦は大いに理に適った、大事な教育法なのです。 人間はまったく未知のものを理解することはできない。すでに自分が知っているものと 比較し、照らし合わせることで、初めてみたものでも分析して「分かる」ことができる。 そのためには、ごく基本的な材料を頭の中にセットしておかなければならない。
この最初にセットする作業が素読なのです。
−中略−
ところが、戦後の教育は、こうした優れたやり方を忘れてしまったようにみえます。 暗記の排除と、漢字の排斥が結びついてしまった。その最大の失敗が、漢字制限にほかなりません。 漢字は種類が多すぎ、また複雑であるため、学習するのに時間がかかりすぎる。 これが、戦後の漢字制限論者の批判でした。そうした言い分にのっとって、文部省は常用漢字を押し付け、漢字制限や 新字体の使用を強力に推進してきたのです。しかし、こうした批判は、そもそも前提が間違っておった。
−中略−
漢字の制限は、もとはといえば、戦後、日本を占領したアメリカの指示に従って行われたものです。 「ローマ字化せよ、さもなければすべてカナで表記せよ」というのが、占領軍の当初の要求だった。 そのときに持ち出された論理が、「漢字は学びにくい」というものでした。 しかし、その本音は、日本語を表音化してしまったほうが、表音文字を用いている彼らの統治に都合がいい、 というだけの理由でしかなかったのです。こうした占領軍の圧力のもと、 日本の国語審議会は当用漢字(現在の常用漢字)として千八五十字のみを使用してよい、という漢字制限を断行しました。
ー中略ー
教育の要諦は、昔も今も変わはりない。自ら疑問を見つけ、自ら探求する人間に育てることでしょう。 それはけっして難しいことではありません。教師が知的な刺激を与えることです。
−中略−
教師の仕事は、まず自らがそうした探求心を持ち続けることでしょう。それが教わる側にとっては最上の刺激となるはずです。 そして、生徒の疑問に対して、教師が逃げるような真似をしてはいけない。いやしくも自分の専門に関する質問なら、それが 教科書に載っていようがいまいが、教師自身が走り回って調べて、自分でも十分に納得した上で教えなくてはならない。 ところが、今、学校ではこの反対のことばかりやらされているような気がしてなりません。 教える内容は文部省があらかじめ決めて、その枠を超えてはいけないと言い続けてきたのですから。 本来、学問に、年齡による区切りなどありません。疑問は尽きず、知識もまた無限なのです。それを枠に はめ、子どもをいつまでも子どものままに留めておこうというのが、今の教育ではないか。